2013年5月26日日曜日

就活、研究がなかなか進まない


2009年11月
AとK先輩はヨーロッパへの研究調査旅行をASに勧められて計画を立てていた。アイスランドや北欧、ドイツなどを回る予定であった。GCOEなので大学にも通していた。しかし、10月頃からのASについての新聞記事などが公になるにつれ、AはASについて研究を進めていくこと自体が危険だと思うようになった。大学側もASについて疑うようになり、AとK先輩はこの調査旅行を続行するべきかどうかSMに相談し助言を仰いだ。こちら側から相談しに行ってやっとその調査旅行はやめた方がいいというようなことを言ったが、その他にはASの研究をしていた学生たちに注意をすることはなかった。
バルコニーで煙草を吸い、その他は忙しそうで、私に迷惑をかけないでくれという雰囲気だった。
AはSMが高圧的で自分を避けていると以前から感じていたということもあり、また、SMは以前からうつ病を患わっているのを知っていたので負担をかけないようにと極力直接的にASに関して相談することは避けた。本当はASのことを相談したかったし、事実関係を知りたかった。しかしできなかったし、SMは本来するべきなのにしなかった。
SMはこちらが聞かなければ何も対応をしようとはしなかった。
AとHKは大学側に事情を説明し研究調査旅行を停止した。


この頃からかもっと以前からかAはその時の現実を信じることができずに、これは悪夢でいつかきっともとの時間に目が覚める。過去に帰れると思い込むようになった。ネットのどこかにも書き込みをした。

大学のキャリアサポート室で就職相談を確か10月から受けていたが、志望動機(日建設計の留学生募集枠)の添削を頼んで話していたが、その担当者に精神的に大丈夫かということを聞かれ、軽く症状やいきさつを話したところ、運動して精神をあげた方がいいと助言を受けたが、やはりもう運動も気分転換も就職活動も手につかなかった。

2009年秋に三菱UFJ信託銀行奨学会の会に出て、奨学生は採用に有利だと聞いても、自分はダメだと思うことしかできなかった。


日本交通公社で10月からバイトをしていたが、11月頃から精神的な落ち込みのために頻繁に休むようになった。しかもバイトの日、当日にメールでやっと伝えることしかできなかった。会社に行けたとしても集中できず、頭に物事が入らず、意識が飛んだりしながら、やっとの思いで続けていた。担当の人たちもそれを察したように少し心配していてくれたようにも思える。


(これは聞き間違いかもしれないが・・・)
11月か10月にU先生の記念講演ということで研究室のOB/OGが集まって会食をしていた時に、SMが少し離れたところでOBと話していてAの方を見ながら、
「あいつは人格的にどうかな・・・。おかしい・・・。」
のような意味のことを言っていたようにその当時聞こえた。幻聴が多くなっていたので聞き間違いかもしれないが、かなり不安になった。



この頃、できるならば早く就職先を決めて、論文を書いて、卒業できるならば2010年の3月に間に合わせたい、早くこの混乱状態から抜け出して精神的に安定したいと必死になっていたが、全てが空回りだった。
その頃、研究室のK先輩が研究の指導をしてくれることになり、気持ちを改めてK先輩に従って調査をして論文を書こうとしていたが、身体はついてこなかった。
また、前の大学の指導教授のF先生とも研究会の時に会い、就職や研究のことで少し相談することができたが、ただ就職と研究で悩んでいるというようにしか話せなかったと思う。

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