外見は生まれつきのこともあり比較的にこにこしているのか童顔だからか、あまり周りの人にはひどい状況には思えなかったのかもしれない。
しかし、状態は悪化の一途で、改善することはもはやできなかった。
2009年、恐怖に打ちのめされている間、手足は震え、ひざもガクガクし、目の下は痙攣し、吐き気がし、めまいがし、頭が針で刺されているようにズキンズキンと異常に痛くなり、焦燥感がいつもつきまとい、自分が周りが現実が信じられなくなり、外に出るのも怖くなり、わらにもすがるように、カウンセリングに電話し、行き、薬を飲み、外を走り、研究資料をつくり、電車に乗り、神社に行き、布団に入り、眠れない夜を毎晩過ごしていた。
対人恐怖症のように、人が近くにいること、接する事、話す事などが怖くなった。
記憶力や集中力、判断力、決断力、思考力、行動力、もろもろの能力が極端に出せなくなった。怖くて何もできないようになった。
心神耗弱に陥り、普段なら普通にできていることができなくなり、表情も暗くなり、優柔不断、暗い、話を聞いていない、気や考えがころころ変わる、覇気がない、あいそがない、空気が読めない、役に立たない、無能、バカ者・・・と散々大勢の他人から非難された、されているように錯覚するようになった。それによって更に精神的に追い込まれた。
だんだんと自暴自棄になっていった。
2009年12月あたま
この時期にはかなり追いつめられ、就職活動はおろか、アルバイトも休みがちになり、食事をとったり外に出る気力もなくなり、まだ体調がましなときには出前をとったりしていた。
12月10日に「SHIN LIFE」というサイトの岡崎さんという人に自分の精神状態や悩み、自殺願望などをメールで相談した。翌11日に返信が返ってきた。しかし、返信する力がなく、それ以降、自殺願望が極限に達した。
FNは就職活動も研究も何も進んでいないことからますます精神を病み、12月上旬に東京のアパートでアルコール度数の高いウィスキーを一気に飲み泥酔させ、外気に触れさせ体温を低下させ、意識をなくし、そのまま低体温症にもっていいき死を選ぼうと自殺未遂をおかす。しかし、酒を全て飲んだ後に吐いてしまったことから自殺はできずにそのまま泥酔し翌朝を迎えた。この日、酒を飲んでいる最中に家族だけに、これまでお世話になりました、さようなら、という内容のメールを送った。
翌朝、目が覚め、我に返りアルバイトへ行った。夜に母が東京へ駆けつけ、その晩は東京に泊まり、次の日に実家の浪江へAを連れ戻した。
友人や研究室の人たち、留学生の友人などから心配のメールや電話が来たが返答できなかったりできたとしても何も言えないまま浪江に帰って行った。とてもまともに返答できる精神状態ではなかった。
いつ頃からか、自分は武士の子孫なのに武士の精神がない、と何回も何回も自分を責めていた。もっと子供の頃から心身を鍛えていれば良かったと後悔した。切腹できるのならばここで早くやりたいと思うようになった。
母の父方は武士だったと話をいろいろ昔から聞いていたが、後で知ったところで、父の父方(藤井家。家紋は下がり藤。祖父と祖母が昔離婚して祖母の西山姓を名乗る事になった)も武士で、戦国時代に福島南部をおさめていた一族に仕える家老であり、他国が攻めて来た折りにまだ幼かった城主の首を差し出せば攻撃しないと交渉し、先祖は幼き主君の命を助けるために身代わりとなって切腹しその首を相手国城主に届けさせ、ことなきを得、後年、その城主がお礼に寺をつくったという歴史があったことを知った。
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