2012年4月か5月に医者に病名を聞いたところ、
自己同一性障害
うつ状態
うつ不安障害
もう一つ思い出せないが全部で四つの病名だった。
2012年9月に聞いたところ、
うつ状態
うつ不安混合状態
適応障害
ということだった。
2009年頃から自分で把握、推測していた症状は
パニック障害
統合失調症もある。
自分でネットで2012年8月に調べたところによると、鬱病などの精神疾患はこれまで情報伝達物質の分泌異常によりその授受がうまく機能しないために様々な症状を引き起こすとされていたらしいが、東北大学名誉教授、総合南東北病院高次脳機能研究所の所長だった松沢大樹氏によると、海馬の先にある扁桃核という部分、乳幼児の頃から発達している脳の中でも原始的な部分で、快、不快、怒り、不安、恐怖など最も基本的な感情を司る部分が、強い精神的なショックで凹みのような傷がつくられ、海馬の萎縮などの影響も及ぼすそうだ。そうなると普段機能している前頭全野の働きも効かなくなり、そのため感情のコントロールがうまくいかなくなる、記憶すること、引き出す事がうまくできなくなるなど様々な症状を引き起こしてしまうらしい。
自分も今まで情報伝達物質だけが原因だとはずっと疑問だった。薬も医者も、製薬会社と医者との癒着もあるという話も聞きますます信用できなくなった。薬は偶然この症状に効用があると分かったというくらいの、副作用も危険なものなのではないかと2009年頃からだんだんと知っていった。
そのこともあり、自分は2012年1月以降、医者に通っているが薬は飲まないようにして、内面や良い刺激を増やすことで改善できるように心がけている。
高専の頃は15歳から寮生活をしていて、一年生の頃は体罰こそはなかったが厳しい全体指導が毎晩あり、挨拶、生活、時間の使い方などにも規則があり、ある保護者は子供がかわいそうで警察に訴えたこともあったが、自分としては、指導を与える人たちのためになるようにという考えがその指導にあって始めて厳しい指導も成り立つし、それらは自分たちのためになると思えたし、自分はそういう人を本当の意味で育てる教育は苦にならないが、現代社会に多い、個人的なストレスやわがままを反映しているかのような指導は自分のためになるとは思えず、不条理、疑問、憤り、戸惑いを感じることが多かった。
2012年から内科なども行ったが、そこで分かった症状で2009年以降の心身の病とそれによる不摂生な生活による症状として関係がありそうなものとして、不整脈が診断された。2009年の暮れから2011年年内頃までは脈が時々おかしく感じることが多かったり、緊張状態になるとかなり脈が乱れて一定のリズムの脈ではなかった。
また、2009年以降のことと関係があるかどうか分からないが、尿酸値が高いということも診断された。
2009年から2011年の春ころまで、あるいは最近も、生まれてこなければ良かったと思うことが頻度こそ変わってきたがあった。2011年春まではほぼ毎日思っていた。
2011年2月、3月あたりから、少しずつ、外に出る事、人と話す事、電車に乗る事など身近な事から徐々にリハビリを始めた。
そして、大学の問題をなるべく早く解決して、自分の道を進めるようにできることはなんでもしてきた。
普通の人から観れば普通に観えても、自分としては何をするにも必死だった。
2011年の夏を過ぎたあたりからか冬頃になってからか、徐々に生きる希望や自分や人を信じてみようと思えるようになってきた。しかしまだまだ本当に信じることはできなかった。
気持ちや考え方も徐々に変わることができるようになってきたと思う。
当初は医者も信じる事ができなかったが、2012年1月からようやく医者にも通えるようになった。一カ所だけだと偏ると思ったので二カ所行くことにした。
2011年2月から毎日記録をつけるようにして今もつけている。
その頃からずっと、できるならば早く解決して自分の道に進みたい、この経験を生かして前向きに建設的に自分にできることを社会に還元していきたい、大学で今回のような事件がもう起きないようにそれによって自分のような思いをする人が出ないように自分ができることはしたい、昔から思っていた社会に貢献できることを今の自分、これからの自分ができることをたとえ小さい事でも実践していきたいと思うようになっていった。
自分だけではなく、多くの人や企業、団体がASを信じて騙されていた。
2011年4月
これまでの間、奨学財団との連絡もとることができなかったため、返済猶予願いやレポートの提出などできないままになっていたものがある。
やっと連絡ができるようになり、日本学生支援機構に猶予願いを少し前に出していたが、行き違いになり、猶予願いも返済もしていないという状態と観られ、債権回収会社から督促の通知が来て、今後すみやかに返済しない場合はブラックリストにのせるというようなことも書かれていた。
このような通知でも相当な恐怖と憤りを感じた。
生活を再建する過程で、今まで連絡がとれなかったために生じた問題の結果、このようなことはそれ以後も何回もあった。
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